治水砂防大会と国会議員要望

image image image image image image 曇り空、ちょっと肌寒い感じの東京で1000名を超える参加者、国会議員さんがたも100名もおり、国交省からも大臣、副大臣、政務官、局長、技監など主要な役職の方々が出席してくれ、熱い大会となった。 政権が代わるとこうも変わるものかとその変化に驚いております。 それだけに、会場も久し振りに熱気のあるものであった。 多くの 被害をもたらす深層崩壊、台風被害、大雨、土石流などに対応するためには、危機感の共有が何よりも大事であるとする、奈良県知事の講演もあった。 この後、全国の協会の役員さんがたと、国交省に代表団の一員として要望活動をした。 打ち合わせ会場では、昭和32年建設の砂防会館の歴史ある役員室で、政治を動かした部屋などを案内していただいた。 この後、与党県選出国会議員さんがたと秋田県町村会の要望会を開催し、懸案事項を説明し、要望をした。 折から、米国のケネディ大使に信任状が天皇陛下に手渡される儀式があり、上空からも警備が厳しく行われていた。

書類の山

出張が続くと決裁書類が山積み(?)とは大げさであるが相当な量になる。 従って、はんこを押すために時間を作って整理に来ることになるが、普段は少しずつ決済をしているのでそんなに思わないが、それにしても多いものです。 決済規定があるわけであり、どうしたものかと考え込んでしまう。 普段は何とも思わないことでも、溜まってしまうとそうしたことにも疑問を感じてくるから不思議なものです。 つまりは、今まで何とも思わないで、前例にならってごく当たり前にやってきたことに疑問を感じ、それを直す努力も必要な気になっている。 もしこれが、しばらく出張でおらないからといって、書類を山積みにしたままにしたままにはしておかれませんし、事務手続きは進めることになるわけですから、そんなことにしてはおかれません。 平常の事務が、こうしたことで遅れたことは無かったし、あってはならないことであると思っている。 書類の決裁をしていて、こんなことについて以前にも感じたことがあり、提案したように思っているが、今度は再度提案してみようと思い、昨日お願いをした。 今週も週末まで各種の大会などで出張であり、その結果を見てみたい。    

成瀬仙人太鼓25周年

平成元年に設立された「成瀬仙人太鼓(会長 谷藤勉)」の創立25周年記念事業としての公演が昨日「ゆるるん」行われました
会場は200人近いお客さんで大いに盛り上がっておりました。
当初は愛好会としてスターとし、村内のイベントが華やかなりしころ、そのすべてに出演し、多くのイベントを盛り上げてくれました。
それは、村内のみならず他市町村はもとより、東京都庁前での公演、遠くアメリカのコロラド州デンバー市の「日本館」との交流のきっかけとなる公演など数え上げるにきりがないくらいの活躍をしてくれました。
この間、後継者の育成にも早くから着目し、子ども仙人太鼓の育成にも積極的に取り組み、それがしっかりと根付き、そうした経験者が現在の太鼓の中心メンバーとして大活躍をしてくれ
ている頼もしいい存在である。
圧巻は、「ジュネスの響き」を5年周期で記念事業として開催し、多くの賛助出演でその都度感動を与えてくれてきました。
今回は趣向を変え、太鼓3団体、成瀬YOSAKOI仙人響、田子内盆踊りなどの協賛をいただき落ち着いた記念事業となりました。
25年間には、メンバーによるオリジナル曲もつくり、昨日初めてのお披露目をした「きらめき」という、星空のきれいな東成瀬村をイメージした、横笛の入った新曲も披露してくれました。
全く違った感じで聞くことができたし、これぞオリジナルな曲目といった感じであった。
これからも、太鼓の発展に文化の面での発展にますます発展しつつ、とかく話題になっているどんな団体でも後継者不足に悩んでおりますが、そうした流れに臆することなくしっかりと歴史つくり、後世に伝えていってほしいと願っておるところです。
25周年を記念して、3尺の大太鼓も加わり、一段とレベルアップし、活躍の場も増えていくことでしょう。
25周年本当におめでとうございます。
益々のご活躍を願っております。

濃霧の影響

一連の出張を終えて、さて帰るということになったまでは良かったが、羽田空港ではなんだかざわざわした雰囲気、秋田空港の天候が霧のため着陸できるかどうか調査中とのこと、待合スペースは修学旅行から帰る秋田市内の高校生が300人近くもおり、独特の雰囲気、一般客はあまりおらない。 それでもとにかく飛ぶには飛ぶが、天候が回復しなければ羽田に引き返す条件飛行とのことである。 いつもの通り、まー何とかなるだろうと高をくくっていたが甘かった。 秋田空港上空で天候の回復を待つこと30分以上、何回か着陸を試みたようだが、急激に上昇し始めた!間もなく羽田に引き返すとの機長からのアナウンス。途端に高校生から大きな歓声?どよめきではなかった。 さてそれからが大変、帰っても、そのあとどうするか、電車での連絡、はない!、泊まるしかない!飛行機からの携帯での予約は無理でありあれこれ何とか見つけてホテルを確保したが、その時に思ったのが、高校生はどうするんだろう?引率の先生方も大変だろうなー。降雨ツウ会社の方がいるから大丈夫だろうが、大変なことであろうと思った。 我々は何とかなるだろうし、どうにもでもなるといっても正直面食らったし、そんなことはほとんど頭になんか入れておらないことから、こんな時の対応もしっかりとおぼえておkなければならないだことである。 航空会社で世話をしてくれるだろうなどと甘いことはないと思わなければなりません。 まして、修学旅行ほどではないにしても、一定の団体旅行を引率するときなんかはこうしたことがあると思ってかからなければならないことである。 翌日一番の予約をして、早朝羽田に行ったら、天候は霧のため相変わらずよくないし、条件飛行、とにかく飛んだが、秋田上空で今度は1時間以上も待機飛行!何とか着陸したのが3時間滋養も過ぎた11時過ぎ、昨日からの乗っていた時間はなんと6時間近くも空の人であった。 効率的ではあるが、次の電車というわけにはいかず、弱い面もあるんですよなー。 初めての経験でした。 今日は、日曜日でもイベントがあり休んでいるわけにはいきません。 いい天気になりそうだ。昨日の夕日もきれいでしたし、月も真ん丸。これを見ていた3歳になる孫が、紙のお皿をもらってお月様の工作、こんなこと初めてではなったかな? こんな孫を見ていると疲れも取れて、ゆっくりします。

ラジオ難聴地域解消前進

image image 6月に行われたこの理事会て発言させていただき、要望した「ラジオ難聴地域解消対策」が今回の理事会、総会で採択され、大項目の中で、しっかりと表記され具体的に動きだした。 所管する総務省の陸上通信局の担当課長も私は初めてであるように感じたが出席しておられた。 過疎連盟事務局でも、6月理事会での発言によって要望に加えたことを説明してくれていたし、国会議員や東北通信局の動きからしても動き始めたという感触がある。 やはり、地方の声はこうした機会を捉えてどんどん発信し、中央省庁、国会に積極的に理解してもらうよう努力する事の重要性を強く感じた課題であった。 どちらかというと、誰かがやるだろうとか、無理だろうと諦めていてはいけないことである。 この後も、国会議員を通じて、だめ押しをしていくことになろうし、予算獲得に向けての本番が待っている。 来週がその本番になろうかな。 少し充実した気持ちで、理事会、総会を終えて帰路に着いた。 県内からも市町村長や代理、議長さん方み出席してくれていました。 時限立法であるこの法律も数次にわたる名称は変わっても、過疎地域の自立のために、大きな役割を果たしてきたわけであり、その延長に向けて、与党内ではすでに特別委員会による調査会が発足し、4県での意見聴取を10月5日に終えており、政府でも、調査を開始しているとのこと。 時代に合致するハード事業の追加見直し、ソフト事業の柔軟化などより充実した制度設計に向けて努力する事が大事であると思っている。