橘小夢展

横手の近代美術館で「橘小夢とその時代」展覧会が開かれており、今日が最終日であった。 魁新報が企画したもので、明治、大正、昭和の時代に絵画乃世界ではかなり注目されていた画家であったようだが、からだが弱く家庭的にもきびしい環境で育ち創作活動も限らていたものの、中学卒業後上京し画業に励み次第に頭角を表し、注目の画家になっていった画家であったようで、湯沢の山内氏の支援も受けていたようだ。 父加藤則幹は秋田魁新報の創設期に発行にも大きく関わっていた知識人でそうしたこともあって魁新報との関係もあったのでしょう。 どこか妖しい雰囲気の画風で、同時に展示されていた画家の作風も同時代の作品が多かったし、竹久夢二の作品も多くあった。 秋田にはこうした私などには知ることもなかった幻の画家と言われる著名な方もおられたことを知ることとなった。

歴史上の建築

(日清講話記念館等です) (活況を呈する唐戸市場と唐戸漁港) 昨夕は日清講話条約締結会場となった春帆桜別館等の歴史的施設を視察、時の伊藤 山口全体が総理大臣と李鴻章の会見場と書等を見学した。 正に日本の歴史上山口県下関は重要な数々の役割を果たした場所であり、素晴らい人材傑物を輩出し、山口県全体が活躍した場所であることを改めて感じたところでした。上全体から感じられた。 今朝は、早朝から唐戸湾、唐戸市場に出掛けたが、その活気は圧倒された。なんでも、競りにかけられているトラフグは秋田から陸送されているとのことで、複雑な思いもした。

太宰府と安川電機視察

(太宰府天満宮と飛梅) (安川電機中間工場で生産されるロボット模型) (世界遺産の官営八幡製鉄所)

今日は3ヶ所の視察研修をした。菅原道真公や関わる方々等の歴史や、太宰府全体の説明をいただいた。 安川電機では、見事なばかりの効率化されたオートメーションでの産業ロボットの製作工程を丁寧に視察することができた。 この工場では、神業とも言われる日本古来からの居合い抜きの技が、この安川電機の技術にも活かされているとのことで、その模様がビデオテープで紹介された。 企業秘密の部分も多く、写真は無理であった。 このあと、世界遺産登録された明治の産業技術6ヶ所の一つである官営八幡製鉄所の視察では、今もなを稼働している施設で、生産されている鉄道線路は新幹線に使われているようだ。 ここからは関門海峡をわたり、巌流島を途中から眺めたが、あまりな平べったい島で遠くからはよく分からなかったが、門司の町並みを眺め、関門海峡の船の通行量は約500艘という。橋は1000mあまり、海底トンネルは世界初のトンネルで3400m余り通行量もまた多く、工場や産業経済活動の活発さが伺われた。

雪模様の仙人郷

(我が家を出ての交叉点) (秋田空港もわずかながら降雪あり)

公務出張で今日から福岡県、山口県に出掛けます。 天気予報どおり外は雪。そんなに多くはなく安心して出掛けられるが、残念なのは土曜日は孫の保育園最後のお遊戯会を見られないこと。 帰ってからビデオテープでゆっくり見させてもらうことにする。 この度の寒気は関東にまで及ぶ気圧配置で、東京都内でも雪が降るようで、何と54年ぶりとかであるようだ。 更には、今朝はまたまた地震情報である。一昨日の地震情報でも、警報発令が津波が着岸してからの警報で批判的な状況である。 こうした発令は難しいことではあろうが、時間との戦いであることからすると確実にしてほしいところです。 先日の村の消防団幹部会では、そうしたことを含めていろいろと協議したが、確認しあったなかで、火災報知器を村内の全家庭にほぼ配置できているが、電池切れの家庭があって、実際作動できない場合があるとのことで、自主防災組織で適切に交換することを提案実行することとした。 こうした確認作業は大事なことである。

雪が来た

目覚めたらどこか静かだと思ったら一面真っ白。 いよいよ雪のシーズン。 残っていた冬始末を終えて、スキー場のレストランでお昼御飯。 スキー場はリフトを降ろして準備が整ったのでしょう。でも、まだまだスキーが出来るにはしばらくかかることになるでしょう。

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