少し落ち着くか
挨拶は「すごい雪だもんだ!」「48豪雪と同じだ!」といった言葉が日常会話になっている。ところが、その48豪雪についてはほとんど思い出す人が少なくなっている。
かくいう私もその思い出が定かではないのが本当のところである。
やっぱり、災害などは忘れたころにやってくると同じで、その頃の難儀や苦労などは忘れがちである。
それでも断片的には思い出せる、村内を回っていると、玄関からの出入りはほとんど無理で、二階からの出入りをする家庭や、私なんかは電話線の引き込み線をまたいで家にたどりついたことがあったり、役場の付近を流れる伊達堰が雪のため溢れ付近の住家の床下浸水になりその対応のために夜の10時過ぎに歩いて5kの道のりを帰ったり、それが連日となると役場の当直室に泊めてもらったりした記憶がよみがえってくる。
水対策の後は、ぬれてしまった衣類を薪ストーブで乾かしてからの帰宅、道路も途絶状態で、自衛隊派遣による除雪、排雪の緊急応援があったのはあれはいつだったんだろうか?
38豪雪だったのかなーどうであっただろう?
当時は、機材が今のような状況ではなく、そうした支援は本当にありがたかった。
今回の豪雪は、県南部特に我々の地域は特殊なような気がする。
なのに、県の出先機関での対応は案外ずらーっとしている。
何か、基準でもあるんでしょうなー、県道関係でも通学路や法面など危険と思われる個所が結構あるように感じているし、連絡もしていると思うんだが、なかなか手が回らないんでしょうなー。
我々のところだけが48豪雪とほぼ同じだと言ってみても、全体的にはそんな危機感は無いんでしょうか?
22日には臨時議会を開催し5千万円を超える対策費をご審議願うことにしている。
昨日は保育園の雪下ろし除雪を総がかりで、夕方遅くまでやってくれた。
このようにして次第に対策は取られるようになってきた。
機材の確保、雪捨て場の確保、人的支援、など段々に具体的になってきた。先日はNHK秋田放送局による豪雪の模様が結構長く放映されていた。
見ていた知人や親せきから改めてその豪雪状況を心配してメールなどが届いた。
私もここ数日、夕方と朝の約2時間ずつ、窓の雪堀の連続であり、それをしないとff暖房やボイラーが不燃焼になって困ったことになりつつある。
そんな合間に、突然星空になったりお月様が見えたりすると、少しお天道様も落ち着くかなとかすかな期待をしたりする。
まだまだ雪は続くでしょうが、民家の方がたに対しても協力し合い、しっかりと手が行き届くように手立てをしっかりとしていかなければならない。
これにもまた多くの方々のご協力が必要だし、雪下ろしをしてくださるボランテアの方がたも限度を超えるような疲れ具合だろと思う。
よろしくお願いしたいと願うばかりです。