カテゴリー別アーカイブ: ノンセクション

赤プリも変身

(保存された旧李王家東京邸)

(赤プリから新装なった紀尾井タワー)

旧赤坂プリンスホテルが解体を初めて5年ぐらいになるのかな。 1955年丹下健三氏の設計による話題の高級都市型ホテルであったようで、それに宿泊するなど我々にとっては高根の花みたいな感じで、とてもとても予約などしたこともなかった。 そのホテルを見ながらどんな人たちが利用するのかな?新聞などでもそこで繰り広げられる政財界の著名な方々の会議や食事、交渉、マスコミや政治経済の評論家など多士済々の人間模様が映し出された歴史があった。 道路関係の要望会などで朝食会にかろうじて参加させていただいたのが関の山であった。 その後2011年に閉鎖されることになるとのことに驚きとそのあとはどうなるだろうとすごい関心があった。 間もなく、解体が始まり、解体状況は上京のたびに関心をもって眺めてきたが、解体の工法は全く予想もできないような工法で全くそのままの建物が次第に低くなっていく、あの高いホテル部分が少しづつ低くなり、ついに完全に解体された。一体どんなやり方であったのだろうか?間違いなくシートで覆われた工事現場では東京のど真ん中での工事であり、技術の粋を活用して取り組んだのでしょう。 それと合わせて新しい建築物は、パネルたいな資材を巨大なクレーンで釣り上げ次々に上層階に達した。 そのスピードも驚くようなスピード感であった。 この7月頃には新装オープンしたようです。 その近代的なオフイスビルとホテルに改装された。 そんな状況の中で、伝統的な赤プリの象徴的な旧館が見事な形で保全された。 解体工事中も保護され現存されたままであり続けた。これも取り壊されるのだろうかと一抹の不安をもって眺め続けたのですがそれがまったくの杞憂であったことにうれしくなったたところでした。 先日通りがかりに、入っていいものかどうか迷ったのですが、自由に見学でき、初めて入ったのですが重厚な調度品やら、建物の内部は素晴らしいものでした。 食事ができるのかどうなのか、中に入ると甘ーい香りが漂い、落ち着いた雰囲気に浸ることができた。 背後には近代建築の粋によるオフイスとホテルがある中にあって、この旧館を残したビルの経営者に大きな賛辞を贈りたいものです。 調べてみたら、赤坂ガーデンシテイ「赤坂ガーデンテラス紀尾井町」として新装、紀尾井町タワー(オフイス・ホテル・レストラン)・紀尾井レジデンス(住宅)(旧李王家東京邸)・赤坂プリンスクラシックハウスの3っつの建築物として構成されたことになったようです。 旧邸宅がこのように保存リニューアルされたことうれしい限りです。

全国町村長大会

(会場付近の街路樹も綺麗に色づいています) (盛り上がった町村長大会)

33項目の国に対しての要望を掲げ、更には「参議院の合区反対」の特別決議、8項目の決議等盛り沢山の議決決定を満場一致でおこなうなど、恒例の全国町村長大会がNHKホールで開催された。 来賓挨拶では、 内閣総理大臣、衆参両院議長、総務、一億総活躍担当相、二階自民党幹事長、全国町村議長会長など多数の来賓をお迎えしての大会で、意気の揚がった大会となった。 NHKホールも近く改築するとかの話もあるようであり、町村数も少なくなっていることから会場がいつまでここでやることができるのやら。

全国町村会長会

(東部ブロック会議) (川越城本丸御殿視察)

午前中は、「小江戸川越」と言われる川越は、歴史的にも重要な位置にあった平城であり、江戸からも近く、徳川家康公も度々訪れていたそうであり、三代将軍家光公、春日の局も関わりのある地域であるとのことであった。 伝統的な蔵などもあり、落ち着いた町であった。 ここからは東京までは近く、バスでの移動となった。 午後からは、全国町村会の会議に出席し、引き続き国会議員との要望会に出席した。 4項目の平成29年度税制改正に関する要望を行った。

部落作業と収穫

(我が家からのスーパームーン前夜。20時30分頃)img_1661

img_1662img_1665久しぶりの休日は、朝から部落の作業に出役。冬に備えての地域の掃除やら、片付けなどを行った。 今回は短時間で終わり、そのあとネギの束ね方をした。 今年のネギの出来は私にとっては最高の出来であった。 収穫作業と柿漬けを毎年お願いしている知人が、そろそろ来てくれるだろうとその準備など結構暇なく動き腰も痛くなったが、明日からしばらく出張が続くのでしっかりその準備も整ったので、なんとなくゆっくりしたところでした。 夜になると夕方からの雨も上がりスーパームーン(一日早かった!)が時折晴れ間から覗いてくれた。 なかなかうまく写真が取れない。やっぱり皆さん三脚を立てて撮影するんでしょうなー。 カメラも三脚もあるにはあるんですが、スマホと簡単なデジカメで済ましているものですから、操作がスムースでなく、しかも電池やバッテリーが切れており慌ててもだめです。 少し、慣れないといけません!

熊本県からお礼

  (孫たちと御祝い、将棋) 熊本地震から6か月になろうとしている。 今日、その熊本県町村会から年末を控え全国の町村会からお見舞いをいただいたお礼にと一つの区切りとして、熊本県の町村長さん方が手分けをしてわざわざお礼に来てくださいました。 今なお続く余震に悩まされている現状や、車での避難や仮設住宅での生活、被災した家屋の公費解体の課題、家屋の建設に当たっての土地の問題など多くの課題がある一方で、公共施設の復旧での激甚災害であっても自治体負担が一定程度あることによる自治体の財政負担が重くのしかかっていることなど、今後の災害時における一つの例となることから、国における特例措置かこれほど大きな災害の際における国の制度の抜本的な対応などに期待したい話もあった。 被災自治体としては、そうした思いは共有しなければならない事項であり、他人ごとではないように感じた。 わが村も、昭和45年の秋田県南東部地震の震源地でもあり、やっぱり一定程度の負担があったし災害復旧債は後年度の地方交付税措置もあるわけですが、それでも一般財源投入はあるわけでその心情はよく理解できた。 地震もいろいろな種類の揺れがあり、熊本は断層地震とされている。 普段あまり地震のなかった地域であったようで全くの不意打ちのような感じであったとのことであった。 一日も早い復興を願っていることを申し上げさせていただいた。たまたま昨年にはあの美しい熊本城を観光したことを思い出しながら話したわけですが、復旧に10年の歳月を要するとのことに愕然とした次第でした。 わが家では昨日は孫の11歳の誕生日、ずいぶんと大きくなったものです。元気に健やかに伸びてほしい。 将棋が好きでたまに指すことがあるが、3回に1回は負けるようになってしまった。 なかなか将棋を指す機会がなく残念だがこちらも強くなってきた。